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チェルピンスキー(マラソン)の経歴と現在の仕事は?瀬古利彦との関係・直接対決の結果も! 

1976年モントリオールオリンピック、1980年モスクワオリンピックの男子マラソン金メダリストで

日本マラソン界の名選手、瀬古利彦さんの因縁のライバルとも言われた、ワルデマール・チェルピンスキーさんが

2019年2月6日放送『あいつ今何してる?』に出演します。

主に陸上選手を引退後の生活について紹介されるようです。

コチラの記事では、ワルデマール・チェルピンスキーさんの経歴と現在の仕事、瀬古利彦さんとの関係や直接対決の結果についてご紹介します!

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ワルデマール・チェルピンスキーさんのプロフィール

プロフィール

名前:ワルデマール・チェルピンスキー

英語綴り:Waldemar Cierpinski

生年月日:1950年8月3日(68歳)

出身地:東ドイツ

肩書:元マラソン選手

ワルデマール・チェルピンスキーさんは1950年8月3日生まれの68歳。東ドイツ出身の元マラソン選手です。

彼が世界に名を知られるキッカケになったのが、1976年モントリオールオリンピック男子マラソン。

ほとんど無名で出場した同大会において、五輪新記録で優勝し金メダルを獲得。

この当時、世界最強のマラソン選手だったフランク・ショーターを破っての事で、一躍彼の名は世界に知れ渡りました。

その後、1980年のモスクワオリンピックまでは目立った成績を残すことが出来ず、同大会の前評判も決して高くありませんでした。

しかし、優勝候補と言われた日本の3選手(瀬古利彦、宗茂、宗猛)が

日本の東西冷戦によるオリンピックボイコットにより不参加。

前評判を覆し、見事オリンピックのマラソン2大会連続優勝を達成しました。

これは、エチオピアのアベベ・ビキラ選手が達成して以来の記録です。

その後、1983年に行われた「第1回世界選手権」にも出場し、銅メダルを獲得。

翌年の1984年開催、ロサンゼルスオリンピックへは、自国のボイコットにより不参加。

史上初のオリンピックマラソン種目三連覇はなりませんでした。

現在は、ドイツ国内にてスポーツ用品店を経営されているそうです。

自己ベスト

  • 5000m 13分36秒6(1975年6月25日)
  • 10000m 28分28秒2(1975年5月10日)
  • 3000m障害 8分32秒4(1974年7月20日)
  • 1時間走 19926m(1973年5月6日)
  • マラソン 2時間09分55秒(1976年7月31日)

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瀬古利彦さんとの関係

ワルデマール・チェルピンスキーさんと、瀬古利彦さんの関係についてご紹介します。

瀬古利彦さんは、チェルピンスキーさんが2大会連続で金メダルを獲得した、1980年のモスクワオリンピックに出場予定でした。

しかし、当時行われていた東西冷戦の影響で、日本はオリンピック参加をボイコット。

当然、瀬古利彦さんも出場が出来なくなってしまいます。

既に福岡国際マラソンを連覇し、ボストンマラソンでも2位に入っていた瀬古利彦さん。

実力も世界トップクラスと言われていました。

結果的に、絶好調だった時期のオリンピック出場を逃したことにより、瀬古利彦さんはオリンピックでメダルを獲れませんでした。

この時、モスクワオリンピックの優勝候補と目されていた瀬古利彦さん。

前大会の金メダリスト、チェルピンスキーさんをライバル視していたそうです。

その後、オリンピックの舞台では無いものの、1980年の福岡国際マラソンにて、瀬古利彦さんはチェルピンスキーさんを破り優勝しています。

まとめ

ワルデマール・チェルピンスキーさんの経歴と現在の仕事、瀬古利彦さんとの関係や直接対決の結果についてご紹介しました。

ねこちゃん
ねこちゃん
史上初のオリンピック・マラソン種目三連覇は果たせなかったけど、数々の大会で優勝した名選手よ!
いぬくん
いぬくん
瀬古利彦さんがライバル視していたのもうなずけるね~