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消えた天才|大野倫の現在の職業は少年野球のコーチ?肘の状態や甲子園の投球・閉会式動画についても

2019年8月25日放送『消えた天才』に大野倫さんが出演します。

県予選から甲子園まで一人で1000球以上を投げぬき、あまりの酷使ぶりに高校野球のルールを変えさせた投手です。

コチラの記事では、大野倫さんの現在の職業、肘の状態や甲子園の投球動画についてご紹介します。

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予選から甲子園まで1266球を投げ抜く

今から約30年前に甲子園で1200球以上を投げ、社会的な波紋を呼んだ天才ピッチャーが、25日に放送されるTBSのドキュメントバラエティー『消えた天才』(18:30~)に出演し、当時の思いを語る。

大阪代表・履正社高校の初優勝で幕を閉じた高校野球だが、今大会で最初に話題に上がったのは令和の怪物・佐々木朗希投手の“球数問題”だったかもしれない。県予選決勝の登板を回避したことが問題となり大論争にまで発展した。しかし、今から約30年前に佐々木投手をはるかに上回る投球数で社会的な波紋を呼んだ天才投手がいた。

その天才が県予選から甲子園決勝まで投げぬいた球数はなんと1266球。その天才と同じ舞台で戦った元プロ野球選手の黒木知宏は「同級生ではスーパースター」「伝説の投手」と、衝撃を受けた過去を振り返る。また、PL学園時代に春夏連覇を果たした桑田真澄氏も「不屈の天才」と絶賛。天才が残した6試合連続完投の偉業を称えた。

番組では、天才にその騒動の真相とともに、マウンドに立ち続けた思いを聞く。「自分の野球人生が終わってもいい」と語った天才の真意とは? そこには、天才が幼い頃から抱き続けた、ある特別な感情があった。

出典:マイナビニュース

2019年8月25日放送『消えた天才』に大野倫さんが出演します。

各ニュースサイトでは名前が明かされていませんが、ネットで調べた結果、大野倫さんだと判明しました。

今秋のドラフト会議で一位指名が期待される大船渡高校の佐々木朗希選手。

彼が今年の県予選で投げた球数を問題視する声が多いですが、約30年前には大野倫さんが投げた球数が問題視されました。

大野さんが県予選から甲子園決勝まで投げた球数は実に1266球で、この球数が祟ってか彼はこのマウンドが最後の登板となります。

痛み止めを打ちながらの登板だったそうで、医者から警告も受けていたそうです。

しかし、通院すると試合に登板できなくなる事を恐れ練習を続けました。

大会後は右肘の疲労骨折が発覚し、投手から野手への転向を余儀なくされました。

故障のため甲子園の閉会式では右肘が130度に曲がったまま、それを見ていた視聴者からは批判が殺到し、翌年から投手の肩・ひじの関節検査が導入される事になりました。

以下、大野倫さんの甲子園での投球映像です。

閉会式の動画についても探しましたが見つかりませんでした。

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大野倫さんのプロフィール

  • 名前:大野 倫(おおの りん)
  • 生年月日:1973年4月3日(46歳)
  • 出身地:沖縄県うるま市
  • 身長:185cm
  • 体重:85kg
  • ポジション:投手→外野手
  • 投打:右投右打

大野倫さんは高校卒業後、九州共立大学に進学。

大学時代も肘は曲がったままでしたが、遠投で100mを投げられるまでに回復しました。

その後は外野手として、福岡六大学リーグ新記録の通算18本塁打を記録するなど活躍。

1995年のドラフト会議で巨人から5位指名を受け入団しました。

巨人入団後は2000年に初本塁打を放ちますが成績は低迷。

同年オフにダイエーへトレードで移籍するものの、2002年限りで退団。

トライアウトを受けますが、獲得球団は現れず現役を引退しています。

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大野倫さんの現在について

現役引退後は自動車メーカー、九州共立大学・沖縄事務所の勤務を経て

NPO法人野球未来.Ryukyuの理事長を努めています。

その傍ら、うるま市の少年野球チーム「うるま東ボーイズ」の指導も行っています。

球数制限など、選手の健康管理も徹底して行っているようです。

また、テレビ番組の取材で現在の肘の状態を見せてくれました。

もう30年以上が経つのに、肘が完全に伸びないのは痛々しいですね。

高校野球で度々問題になっている投手の球数問題。

完全に解決する日を願っています。